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日本最古の蒸留酒・泡盛の歴史

いつから造られていた?

泡盛は15世紀末、1400年代後半にはすでに琉球で造られていたと考えられ、約600年の歴史があると言われています。

残念ながら、琉球王国の史書に泡盛の始まりを示す文書はまだ見つかっていないようですが、薩摩の島津家に残る1575年の記録に、琉球から届けられた泡盛らしき酒の記述があります。
当時琉球は、「あや船」という交易船で薩摩と交易していました。その年の使者が「60年前のあや船のときと同じ贈り物を持ってきました」と語り、唐焼酎一甕、老酒一甕、焼酎一甕を携えていたというのです。前のふたつは中国の酒ですから、最後の焼酎が泡盛だった可能性は非常に高いと思われます。
ちょっとややこしいのですが、1575年に「60年前と同じように」と言っていることから、1515年にも焼酎(泡盛)を贈っていたのです。

つまり、その当時には贈答品に用いられるほど琉球での蒸留酒造りは確立されていたわけですから、泡盛づくりは1400年代後半、15世紀末には始まっていたと推定されます。これが、泡盛の歴史は約600年という根拠にもなっています。

琉球王国と酒に関する記述は、朝鮮の歴史書にも残っています。
例えば、 「朝鮮王朝実録」1456年の条には「首里城正殿の下層には酒を置く」とあり、1461年の条には「那覇の港には城(御物城/おものぐすく)があり、酒蔵は1年もの、2年もの、3年ものに分けられていた」とあります。
ただし、これらの貯蔵されていたお酒が泡盛なのかアジアの国々から輸入された酒なのかは、この記録だけでは定かではありません。
ですから、今のところ、泡盛が登場していると思われる最初の文献は、薩摩の島津家に残る、歴史書ということになるわけです。

しかし、朝鮮王朝実録の記録で分かることがひとつあります。少なくとも約500年前から蒸留酒を古酒にして飲むという習慣があったのです。これらのお酒が外国のお酒だったとしても、その習慣が泡盛の古酒文化につながったであろうことは間違いないと思われます。500年前から古酒にして酒を楽しむ文化があったということは、驚きですよね。

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